これからお伝えする問題は、もしかすると身近に感じるかもしれません。

数ヶ月前、私たちはあるスタートアップと協力して、カスタマーサポート業務を支援するAIエージェントを開発していました。
このエージェントの役割は、スタッフのスケジュール調整と、顧客からのサポートリクエストの管理でした。
しかし、技術チームはエージェントの精度やレスポンス速度を改善しようと、何時間もデバッグに費やしたものの、思うような成果が得られませんでした。
顧客を満足させるレベルに到達できず、開発工数とOpenAIの利用料だけを消費し続け、改善を願うばかりの状態。

こうした状況は、決して珍しいことではありません。
AIエージェントを導入しようとする多くの企業が直面する問題です。

Ichizokuのエンジニアリングチームは、さまざまな規模・複雑さのAIプロジェクトに取り組んできました。
その過程の中で、AIエージェントのデバッグ時に陥りがちな落とし穴を学びました。
本記事では、AIエージェントのパフォーマンスと精度を向上させる際に企業が犯しがちなミスを紹介します。
加えて、実際のプロジェクトで得た知見や、すぐに実践できる戦略、他業種のチームと協力する中で培った教訓もお伝えします。

AIエージェントの開発を始めたばかりの方も、すでに運用していて最適化を目指している方も、この記事を読むことで時間・費用・ストレスの削減につながるはずです。

それでは、AIエージェントのパフォーマンス最適化でよくある課題を見ていきましょう。
以下の通りです。

1. LLMを効果的な「判定者」として適切に整合させていない

問題
LLMを評価者として使用する場合、その評価基準が人間(使用者)の評価基準と合致していないと、意図していない結果や、信頼性の低い評価を招く可能性があります。
モデル内部の「判定者」が、人間が正確だと思う、または価値があると考える基準を反映していない場合、誤った結果を最適だと判定する危険性があります。
これによって、見た目には80%や90%の精度でうまくいっているように見えるシステムが、実際の現場では、ほとんどがランダムな回答で稼働していることに気づくことになります。

解決策
評価プロンプトが、人間のフィードバックと厳密にテストされていることを確認しましょう。
LLMが「良い」と判断するものは、人間の評価基準と密接に合致させておくべきです。
このプロセスでは、評価基準を洗練させたり、モデルの判断を検証するために人間が介入する仕組みを組み込む必要があるかもしれません。
LLMの評価能力を合致させることは、見落としてはならない基礎的なステップです。

2. テスト時の統計的厳密性に欠けている

問題
一度きりの実験結果を決定的なものと判断してしまうと、誤った結論を導き出すリスクがあります。結果が良く見えても、それが統計的な偶然や単なる誤差である可能性があるためです。
検証を怠ると、データのノイズを本物のパターンと誤認し、不適切な最適化を行ってしまう恐れがあります。
その結果、プロジェクトの予算確保やMVP(最小限の実用的製品)の検証のために、貴重な時間とリソースを浪費してしまう可能性が生まれてしまいます。

解決策
実験は一度きりでなく複数回行い、結果をしっかりと検証しましょう。
ブートストラップや有意性検定といった統計的手法を活用し、得られた改善が偶然ではなく本当に意味のあるものかを確認することが重要です。
このような厳密なアプローチを取ることで、ランダムな変動による誤った判断を防ぐことができます。
しかし、こうした統計的な厳密さは、ソフトウェアエンジニアがAIエンジニアリングに移行する際に見落とされがちなポイントでもあります。
しっかりとした検証を行う習慣を身につけることで、より信頼性の高い成果を得ることが可能となるでしょう。

3. 実験コストが膨らみ過ぎてい

問題
実験を続けているうちに、コストが想定以上に膨らんでしまうことがあります。
実験結果を適切に保存したり、生産性の低い方法を排除したりする仕組みがないと、無駄な処理が増え、予算を使い果たしてしまう恐れがあります。
例えば、APIの使用制限(レートリミット)に頻繁に引っかかったり、冗長なテストを繰り返したりすると、貴重な時間とコストを浪費することになります。
こうした管理不足が続くと、実験を継続することが難しくなり、プロジェクト全体の進行が大きく遅れる可能性も出てきます。

解決策
実験コストを最適化し、効率的に進めるための対策を取りましょう。

4. モデルのサイズとタスクの複雑さが合っていない

問題
モデルのサイズとタスクの難易度が適切に釣り合っていないと、期待するパフォーマンスが得られないことがあります。例えば、小さなデータセットに対して過度に大きなモデルを使用すると、データに過剰適合(オーバーフィッティング)し、汎用性のない不安定な結果を生み出す可能性があります。
逆に、非常に複雑なタスクに対して小さなモデルを使うと、情報を十分に学習できず、精度の低い結果しか得られないことがあります。
こうしたミスマッチは、リソースの無駄遣いにつながるだけでなく、AIの活用そのものが失敗する原因にも繋がります。

解決策
データの量やタスクの複雑さに見合ったモデルを選択しましょう。

例えば、データが極端に少ない場合(20~40程度)は、プロンプトエンジニアリングやキャッシュなどの代替手段を検討し、少ないリソースでより良い結果を得られる場合があります。
推測や仮定を避け、最適なアプローチを決定するために明確な評価基準を設定することが重要です。

5. ファインチューニング時にAPIレート制限に達してしまう

問題
OpenAIのファインチューニングAPI(または同様のサービス)を使用していると、APIレート制限にすぐに達してしまい、作業が滞ることがあります。
このため、反復的なサイクルが中断され、実験が遅くなることがあります。
迅速な試行錯誤は、結果を最適化するために不可欠です。

解決策
ファインチューニングの進め方を工夫し、APIレート制限の影響を最小限に抑える方法を採りましょう。

6. GPUの構築にこだわり過ぎて、迅速な実験のためのインフラが整っていない

問題
GPUの構築にばかり注力しすぎると、実験のスピードや反復性が低下してしまいます。
多くのチームがハードウェアの最適化にこだわるあまり、スムーズな試行錯誤を支えるインフラやプロセスの整備を後回しにしがちです。
その結果、実験の効率が悪くなり、AIエージェントの改善が遅れてしまいます。

解決策
実験を頻繁に行える環境を整え、最初からスケールに対応できるインフラを構築しましょう。

初期段階で適切なツールとプロセスに投資することで、素早い反復・最適化が可能になります。

7. 新しいモデルやインフラへの移行の難しさを過小評価している

問題
AI技術は急速に進化しており、多くのオープンソースの選択肢が提供される中で、AIエンジニアはコスト管理やパフォーマンス向上のためにさまざまな選択肢を検討できます。
しかし、すべてのユースケースに最適なモデルが1つだけとは限りません。
たとえば、OpenAIの独自モデルからLLaMAのようなオープンソースのモデルに移行することは簡単ではなく、移行後には大きな変化が起こる可能性があります。
プロンプト、評価フレームワーク、データパイプラインなど、さまざまな部分に大きな調整が必要になり、APIの小さな違いでも大きな問題を引き起こすことがあります。

解決策
インフラを柔軟かつ移植性を考慮して設計しましょう。

インフラを未来を見越して設計することで、移行時の問題を最小限に抑えスムーズに進行することが可能になります。

8. プロンプトエンジニアリングの体系的アプローチを欠いている

問題
静的なプロンプトと動的に取得されたプロンプトを選ぶ過程は、非常に時間がかかってしまいます。
明確な戦略がないと、チームはどちらが最適かを試行錯誤し続けることになり、その試行錯誤が何週間も続くことがあります。
このようなプロセスでは、進展がほとんど見られず、明確なプロンプトエンジニアリング戦略が欠けていると、進行が遅れるだけでなく、プロンプト管理に不必要な複雑さが生まれてしまいます。

解決策
プロンプト戦略を評価し、標準化するための体系的なアプローチを採用しましょう。

この意思決定プロセスは、最も混乱が生じやすい部分でもあり、最適化による効果を得やすい部分でもあります。

9. モデル出力の統合・集約が適切に行われていない

問題
複数のモデルを使用したり、異なるプロンプト戦略を実験したりする際、結果をどのように組み合わせるかを決めることが難しいことがあります。
明確な計画がない場合、矛盾する出力に圧倒され、意味のある洞察を得ることがほぼ不可能になります。
AIエージェントのパフォーマンスに基づいて意思決定を行うためには、出力結果を適切に集約することが非常に重要です。

解決策
実験を実行する前に、集約戦略を確立しましょう。

集約方法に一貫性を持たせることで、出力結果が実行可能で透明性のあるものになります。
これが欠けていると、ノイズばかりが強調され、貴重な洞察を得ることができなくなります。

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *